わかりやすい解説は
ここをクリック!
第1章 「見えない」保険料にメスを入れたライフネット生命
2008年11月21日、まだ新しい会社だったライフネット生命が、保険業界の常識をくつがえす発表をしました。それは、私たちが毎月支払う保険料の「中身」を、すべて公開するというものでした。これは、これまで誰も触れようとしなかった部分を「見える化」することで、業界のルールを変えようとする大胆な挑戦でした。
1.1 保険料の中身を分解してみよう
この発表がどれだけすごいことかを理解するために、まず保険料が何でできているかを見てみましょう。保険料は、大きく2つのパーツに分かれています。
一つは「純保険料」です。これは、将来だれかが亡くなったり病気になったりしたときに支払う保険金のために、みんなで積み立てておくお金のことです。いわば、保険という商品の「材料費」のようなものです。この部分は、統計データに基づいて計算されるので、どの保険会社でも大きな差はありません。
もう一つが「付加保険料」です。これは、保険会社の運営に使われるお金で、営業職員のお給料、テレビCMなどの広告費、オフィスの家賃、そして会社の利益などが含まれます。いわば、商品の「経費」部分です。この経費のかけ方は会社によって全く違うため、保険料の値段の差は、主にこの「付加保険料」の差から生まれます。
ライフネット生命は、この「経費」部分が保険料全体の何パーセントを占めるのかを、具体的に公開しました。例えば、「30歳男性が3,000万円の死亡保険に入った場合、月々の保険料3,484円のうち、経費分は815円で、全体の23%です」というように、はっきりと数字で示したのです。これにより、これまでぼんやりとしていた保険会社の経費が、私たち消費者にも比べられるようになりました。
1.2 「正直さ」を武器にした戦略
なぜこんなことをしたのでしょうか。当時の社長、出口治明さんは「保険は目に見えない商品だからこそ、会社ごとの差が大きい経費部分を公開すれば、もっと良い競争が生まれると考えた」と語っています。ライフネット生命は「正直に、わかりやすく、安くて、便利に」をモットーにしていました。
この会社は、営業職員を置かず、インターネットだけで保険を売るというやり方で、経費をできるだけ安く抑えていました。だから、経費が安いことは、ライフネット生命にとって一番の強みだったのです。この情報公開は、単に正直さを見せるためだけでなく、「これからは値段の安さ、つまり経費の安さで勝負しましょう」と、業界全体の競争のルールを自分たちが有利なものに変えようとする、計算された一手だったのです。
1.3 世間の反応と、業界の「沈黙」
この前代未聞の発表は、テレビや新聞で大きく取り上げられ、多くの人の関心を集めました。ライフネット生命のホームページへのアクセスは爆発的に増え、過去最高を記録しました。保険の申し込みも大きく伸びました。このことから、多くの人が保険料の中身や安さに興味を持っていたことがわかります。
しかし、他の大手保険会社の反応は正反対でした。ある会社の幹部はイライラを隠せなかったと報じられましたが、業界全体としては、この動きを完全に無視し、「沈黙」を貫きました。ライフネット生命に続いて経費を公開する会社は一社も現れず、値下げ競争も起きませんでした。この沈黙は、なぜこれほどまでに現状を変えさせない力を持っていたのでしょうか。この記事では、その謎を解き明かしていきます。
第2章 なぜ大手保険会社は値下げ競争をしなかったのか?
ライフネット生命が保険料の「経費」を公開したことで、普通なら「うちも負けないぞ!」と値下げ競争が始まるはずでした。しかし、日本の保険業界ではそうなりませんでした。なぜ大手保険会社は、この挑戦を受けて立たなかったのでしょうか。その答えは、彼らのビジネスの仕組みそのものにありました。
2.1 動きたくても動けない「事情」
大手保険会社の経費が高い一番の理由は、「生保レディ」に代表される、たくさんの営業職員を抱えているからです。この仕組みは、戦後の日本で保険を広めるために大きな役割を果たしてきました。
しかし、このたくさんの営業職員を維持するには、莫大なお金がかかります。営業職員のお給料の多くは、契約を取った分だけ支払われる「歩合制」です。つまり、私たちが支払う保険料のかなりの部分が、営業職員の人件費として使われているのです。
この仕組みこそが、大手保険会社が身動きできなくしている原因です。ライフネット生命の安い経費(23%~25%程度)に対抗するには、自分たちの経費も大幅にカットしなければなりません。しかし、それは会社の「顔」であり、お客さんとの繋がりを支えてきた営業職員の数を減らすということです。そんなことは、会社にとって自分自身を壊すようなもので、できるはずがありません。彼らが値下げ競争をしなかったのは、したくなかったのではなく、構造的にできなかったのです。
下の表は、ライフネット生命と、営業職員を抱える昔ながらの保険会社の保険料の中身を比べたものです。保険の「材料費」が同じだとすると、月々の保険料の差が、いかに「経費」の差から生まれているかがわかります。
表1:保険料の中身くらべ(推定も含む)
項目 | ライフネット生命(実際の数字) | 昔ながらの保険会社(推定) |
---|---|---|
保険の種類 | 10年間の死亡保険(3,000万円) | 10年間の死亡保険(3,000万円) |
加入する人 | 30歳男性 | 30歳男性 |
毎月の保険料 | 3,484円 | 約5,800円 |
材料費(純保険料) | 2,669円 (77%) | 約2,669円 (46%) |
経費(付加保険料) | 815円 (23%) | 約3,131円 (54%) |
注:ライフネット生命の数字は2008年公開のものです。昔ながらの保険会社の数字は、たくさんの営業職員や全国の支社を維持するための経費を考えた推定値です。経費の割合がかなり高くなっていることがわかります。
2.2 「担当者さんとの付き合い」という見えない壁
一方で、たくさんの営業職員がいることは、ただお金がかかるだけではありません。他社が簡単にお客さんを奪えないようにする、強力な「お堀」の役割も果たしています。営業職員とお客さんの関係は、単に商品を売り買いするだけのものではありません。人生の相談に乗ってくれたり、面倒な手続きを手伝ってくれたり、長年の信頼関係があります。これらがあるため、お客さんは「他の安い保険に乗り換えよう」とは簡単には思わないのです。
つまり、昔ながらの保険は、「保険そのもの」と「担当者さんによる安心サービス」がセットになった商品なのです。ライフネット生命は、このセットから「安心サービス」を外し、「保険そのもの」だけを安く提供するモデルです。
しかし、保険にあまり詳しくなかったり、対面での丁寧なサービスを大切にしたりする人にとっては、担当者さんの存在はとても重要です。だから、多くの人は単純に値段だけを比べているわけではありません。「高いけどサービスが手厚い商品」と「安いけど全部自分でやる商品」を比べているのです。この「人間関係のお堀」が、大手保険会社を値下げ競争から守っているのです。
第3章 なぜ私たちは保険を乗り換えないのか?
ライフネット生命の挑戦が大きな変化を起こせなかった理由は、保険会社側だけでなく、私たち消費者側にもあります。多くの人が今の保険を続けたのには、いくつかの「見えない壁」が存在していました。
3.1 保険のことがよく分からない私たち
生命保険は、形がなく、仕組みが複雑で、将来どうなるかわからないものにお金を払う商品です。そのため、多くの人はどの保険が自分に合っているのかを正しく判断するための知識を十分に持っていません。この、保険会社と私たちの間にある大きな「情報格差」が、業界が変わらない原因の一つになっています 。
情報が少ないと、私たちは客観的なデータよりも、「昔から名前を知っているから」「信頼している担当者さんが勧めてくれたから」といった、簡単な理由で判断しがちです。そもそも、自分が払っている保険料にどれだけ会社の経費が含まれているかなんて、考えたこともない人がほとんどでしょう。
さらに、昔ながらの保険は、死亡保障だけでなく、貯蓄の機能や色々なオプション(特約)がついていて、わざと複雑に作られている面もあります。この複雑さのせいで、ライフネット生命のようなシンプルな商品と直接比べることが難しくなっています。そして、複雑で分からないからこそ、「詳しい担当者さんに任せよう」という気持ちになり、高い経費を払うことにつながってしまうのです。
3.2 乗り換えを邪魔する3つの壁
多くの人が保険を乗り換えないのは、「現状維持」を好む人間の心理と、「乗り換えの面倒くささ」が原因です。この「面倒くささ」の正体は、3つの壁に分けられます。
第1の壁:お金の壁(損したくない!)
特に貯蓄タイプの保険には、途中で解約すると「解約控除」というペナルティでお金が引かれ、払った金額よりも戻ってくるお金が少なくなる(元本割れ)ことがあります。たとえ新しい保険の方が長期的にはお得でも、「今、損をするのは嫌だ」という気持ちが、乗り換えをためらわせる大きな壁になります。
第2の壁:手続きの壁(とにかく面倒くさい!)
アンケート調査でも、保険を乗り換えない理由として「手続きが面倒」という声が多く挙がっています。新しい保険を探して比べる時間、たくさんの書類を書く手間、健康診断を受け直す必要など、考えただけでうんざりしてしまいます。この「面倒くささ」が、乗り換えで節約できる金額よりも大きいと感じると、人は「今のままでいいや」となってしまうのです。
第3の壁:気持ちの壁(今のままで別にいいし…)
多くの人は、単に「今の保険に特に不満がない」という理由で乗り換えを考えません 。ここには、
- 現状維持したい気持ち:人は変化を嫌い、今のままでいることを好む傾向があります。
- 失敗したくない気持ち:安いからといって、よく知らないネットの保険会社に乗り換えて失敗したらどうしよう、という不安があります。
- 人間関係を壊したくない気持ち:長年お世話になっている担当者さんとの関係を断ち切ることに、申し訳なさを感じる人も少なくありません。
これら「お金」「手続き」「気持ち」の3つの壁が、私たちを今の保険に縛り付け、業界全体の変化を妨げているのです。
第4章 業界の「暗黙のルール」と国の規制
ライフネット生命の試みが業界全体を動かせなかった背景には、個別の会社や消費者の問題だけでなく、もっと大きな、日本の保険業界が持つ独特の文化や国のルールも関係しています。
4.1 値下げ競争を避ける、昔からのならわし
日本の保険業界は、明治時代に始まりました。特に第二次世界大戦で大きなダメージを受けた後、国は「会社が潰れないこと」を最優先に考え、会社同士の激しい競争を抑える方針を取りました。この歴史の中で、業界には「お互いに激しい値下げ競争はせず、協力し合って安定を保とう」という暗黙のルールのようなものが生まれました。
競争のメインは値段ではなく、営業職員を増やして、まだ保険に入っていない人たちに売っていくことでした。このような文化の中では、値段を下げてお客さんを奪い合うことは、業界の和を乱す行為とさえ見なされます。ライフネット生命が保険料の中身を公開し、値段の安さで勝負しようとしたことは、この長年の「ならわし」を破る行為だったのです。
4.2 国は「売り方」は厳しくチェックするけど、「値段の中身」までは口を出さない
最近、金融庁(国の監督官庁)は保険業界に対して、お客さんのためになるような運営をするよう、厳しく指導しています。しかし、そのチェックの目は、主に「保険の売り方」に向けられています。例えば、代理店への手数料が適切か、お客さんのためにならない商品を無理に勧めていないか、といった点です。
これらはもちろん大切なことですが、「売られている商品そのものの値段」、つまり保険料の中にどれだけ経費が含まれているかについては、あまり踏み込んでいません。ライフネット生命のように、すべての保険会社に経費の公開を義務付けるようなルールはないのです。
国が「値段の中身」の公開を義務付けていないため、大手保険会社は自分たちにとって不利な高い経費を隠したままにしておけます。そして、値段の安さではなく、引き続き会社のブランドイメージや営業職員の丁寧なサービスを強みとして勝負することができるのです。国の規制は、意図せずして、昔ながらのビジネスモデルを守る結果になってしまっているのかもしれません。そこで次の章では、この昔ながらのビジネスモデルを説明していきます。
第5章 「保険会社って、どうやって儲けているの?」そのシンプルな答え
「保険」と聞くと、なんだか難しくて、仕組みがよくわからない「謎の箱」のように感じませんか?「毎月まじめに保険料を払っているけど、このお金は一体どこへ行って、どう使われているんだろう?」そんな疑問をお持ちの方も多いはずです。
この章では、その「謎の箱」のフタを一緒に開けてみましょう。保険会社がどうやって利益を上げているのか、難しい言葉は一切使わず、誰にでもわかるように、そのカラクリを解き明かしていきます。この仕組みを知ることが、後であなたが賢い保険選びをするための、一番大事な準備運動になります。
5.1 保険の基本は「町内会の助け合い貯金箱」
保険の一番の基本は、とてもシンプル。「みんなで万が一に備える」という助け合いの心です。これを「町内会の助け合い貯金箱」に例えてみましょう。
町内会のみんなが、「もし誰かの家が火事になったり、大きな病気で入院したりしたら大変だ」と考え、毎月少しずつお金を出し合って、一つの大きな貯金箱に入れます。これが、私たちが払う「保険料」です。
普段はみんな元気に暮らしていますが、ある日、Aさんの家が火事になってしまったとします。そんな時、Aさんは町内会の貯金箱からまとまったお金を受け取って、家の再建や生活の立て直しに使うことができます。これが「保険金」です。
一人ではとても用意できない大金も、みんなで少しずつ分担すれば、困った人を助けることができる。これが保険の素晴らしい仕組みです。
この助け合いの仕組みがうまくいくのには、「大数の法則」というルールが関係しています。これは、「たくさんの人を集めて見ると、その中で病気になる人や事故にあう人が、だいたい何人くらいになるか予測できる」というものです。一人ひとりに何が起こるかは分からなくても、全体で見れば確率が分かる。だから保険会社は、将来どれくらいお金を支払うことになるか計算できるのです。
5.2 利益を生み出す、たった2つの方法
保険会社は、この「助け合い貯金箱」の仕組みをビジネスとして運営し、利益を出しています。その儲けの源は、大きく分けてたった2つです。
方法1:「もらうお金」から「払うお金」を引く(保険そのものの利益)
これは一番わかりやすい儲け方です。保険会社がみんなから集めた保険料の合計が、誰かに支払った保険金の合計と、会社の運営にかかる経費(社員のお給料や広告費など)を合わせた金額よりも多ければ、その差額が会社の利益になります。これを「保険引受利益」と呼びます。
方法2:集めたお金を「運用」して増やす(お金に働いてもらう利益)
これが保険会社の、もう一つの大きな儲けの柱です。私たちは保険料を先に支払いますが、保険金が支払われるのは、事故や病気が起こった後です。つまり、保険会社の手元には、常に「預かっている状態の莫大なお金」があります。
保険会社は、この大きなお金をただ金庫に寝かせているわけではありません。株や不動産などに投資をして、お金に働いてもらい、さらに増やしているのです。この投資で得た利益が、もう一つの巨大な収入源になっています。日本の生命保険会社全体では、何百兆円ものお金を動かす「プロの投資家集団」でもあるのです。
この投資による利益がとても大きいので、もし方法1の「保険そのものの利益」がゼロだったとしても、会社全体ではしっかりと利益を出すことができる仕組みになっています。
5.3 利益を計画的に生み出す「3つの仕掛け」
実は、方法1の「保険そのものの利益」は、偶然生まれるものではありません。保険料を決める段階で、あらかじめ利益が出るように、ちゃんと「仕掛け」が組み込まれているのです。保険会社は、保険料を計算するときに3つの予測を立てますが、この「予測」と「実際の結果」のズレが、利益の源泉になります。これが「三利源(さんりげん)」と呼ばれる、保険会社の儲けの秘密です。
仕掛け1:「思ったより亡くなる人が少なかった」ことによる利益(死差益)
生命保険会社は、保険料を決めるときに、「この年齢の人は、1年間にこれくらい亡くなるだろう」という予測を立てます。これを「予定死亡率」といいます。大事なのは、万が一のことがあっても絶対に保険金を支払えるように、この予測をわざと少し「多め」に見積もっている点です。
その結果、実際に亡くなる人が予測より少なければ、支払う保険金も予定より少なくて済みます。この「予測」と「実際」の差額が、会社の利益になります。これを「死差益(しさえき)」と呼び、多くの保険会社にとって一番大きな利益の柱となっています。
仕掛け2:「思ったより会社の経費がかからなかった」ことによる利益(費差益)
保険会社は、会社の運営にかかる経費(人件費や広告費など)もあらかじめ予測して、その分を保険料に含めています。この予測を「予定事業費率」といいます。これも、余裕を持たせるために、実際に使う経費より少し「多め」に見積もっておきます。そして、実際の経費が予測より少なくて済んだ場合、その余った分が「費差益(ひさえき)」という利益になります。
仕掛け3:「思ったよりお金の運用がうまくいった」ことによる利益(利差益)
貯金のような性質を持つ保険の場合、保険会社は私たちから預かったお金を運用して増やします。その際、保険料を計算する時点で「最低でも、これくらいの利回りで運用しますよ」という約束をします。これを「予定利率」といいます。そして、実際の運用がこの約束した利回りよりも良い成績だった場合、その上乗せ分が「利差益(りさえき)」という利益になります。逆に、運用がうまくいかないと「利差損」という損失が出ます。
こうして生まれた利益の一部は、「配当金」として私たち契約者に少しだけ還元されることもありますが、多くは会社の体力として蓄えられます。
ここからわかる大切なことは、保険会社の利益は、単なる偶然ではなく、初めから慎重な予測に基づいて「儲けが出るように設計されている」ということです。私たちが払う保険料には、万が一の備えだけでなく、保険会社が安定して経営していくためのコストもしっかり含まれているのです。このことを知っておくと、保険商品を冷静に見ることができるようになります。
第6章 人生の分かれ道:「保障だけ」の保険と「貯金つき」の保険
保険を選ぶとき、誰もが最初にぶつかる大きな分かれ道。それが、「掛け捨て型(保障だけを買うシンプルな保険)」と「貯蓄型(保障と貯金がセットになった保険)」のどちらを選ぶか、という問題です。
この2つのタイプは、保険料の中身が全く違います。そして、なぜ「保障も貯金もできて一石二鳥!」に見える貯蓄型保険が、実は多くの人にとって効率の悪い選択肢になってしまうのか。その答えも、保険料の仕組みの中に隠されています。
6.1 あなたが払う保険料、その中身をのぞいてみよう
私たちが支払う保険料は、実はいくつかのパーツに分けることができます。その中身を見れば、それぞれの保険の正体がわかります。
「掛け捨て型」保険の保険料
掛け捨て型(定期保険や医療保険など)の保険料は、とてもシンプルです。
- 保障の値段:将来の保険金支払いに使われる、いわば保障の「原価」です。
- 会社の経費と利益:保険会社の運営コストや利益になる部分です 。
掛け捨て型は、純粋に「万が一の安心を買う」ための商品なので、中身が分かりやすいのが特徴です。
「貯蓄型」保険の保険料
一方、貯蓄型(終身保険や養老保険など)の保険料は、もっと複雑です。
- 保障の値段
- 会社の経費と利益
- 貯金に回るお金:将来、解約した時や満期になった時に戻ってくるお金のために積み立てる部分です 。
ここで一番大事なポイントがあります。貯蓄型は保険料全体が高くなるので、それに合わせて「会社の経費と利益」として取られる金額も大きくなる、ということです。
例えば、同じ保障内容で、掛け捨て型なら月3,000円、貯蓄型なら月20,000円だとします。もし「会社の経費と利益」の割合が同じ20%でも、掛け捨て型なら600円ですが、貯蓄型ではなんと4,000円ものお金が、毎月、保障とは関係ないコストに消えていくのです。これは、お金を貯める方法として、とても効率が悪いことを意味しています。
6.2 なぜ「貯金つき」は安心に見えて、実は損しやすいのか?
「万が一の保障もあって、お金も貯まるなんて最高!」貯蓄型保険は、そう思わせる魅力があります。しかし、その仕組みをよく見ると、私たち消費者にとって見過ごせない弱点がたくさんあります。
- 手数料が高い:先ほど見たように、貯蓄型保険にはたくさんの「会社の経費と利益」が含まれています。自分で投資信託などを買う場合にはかからない、割高な手数料が上乗せされているのです。
- あまり増えない:保険会社は、私たちに約束したお金を将来きちんと返せるように、とても安全運転で、慎重にお金を運用します。そのため、高い手数料を引かれた後では、私たちが受け取れる利益はごくわずか、ということが少なくありません。
- お金を自由に引き出せない:貯蓄型保険で積み立てたお金は、銀行預金のようにいつでも自由におろせません。もし途中で急にお金が必要になって解約すると、ペナルティとして多くの手数料が引かれ、払った金額よりずっと少ないお金しか戻ってこないことがほとんどです。特に、始めてすぐの解約は大損してしまいます。
- インフレに弱い:これは致命的な弱点です。例えば「30年後に300万円もらえます」という契約をしたとします。でも、30年後には物価が上がって、今の150万円くらいの価値しかなくなっているかもしれません。将来もらえる金額が決まっている保険は、こうした物価上昇(インフレ)のリスクにとても弱いのです。
これらの点を考えると、貯蓄型保険を売る側と買う側の間には、残念ながら「利益の対立」があることがわかります。保険料が高く、手数料もたくさん取れる貯蓄型保険は、保険会社や代理店にとっては「儲かるから売りたい商品」です。しかし、私たち消費者にとっては「手数料が高くて不自由な、できれば避けたい商品」であることが多いのです。この構造を理解することが、だまされずに保険を選ぶための第一歩です。
6.3 ひと目でわかる!「掛け捨て」 vs 「貯金つき」
この表を見れば、2つの保険タイプの違いがハッキリとわかります。
ポイント | 「掛け捨て型」保険(保障だけ) | 「貯蓄型」保険(保障+貯金) |
---|---|---|
目的 | 本当に困った時のための、純粋な「お守り」 | 「お守り」と「貯金」のセット商品 |
保険料 | 大きな安心が、お手頃な価格で手に入る | 同じ安心でも、値段が何倍も高くなる |
自由度 | 高い。生活が変われば、簡単に見直しや解約ができる | 低い。途中でやめると大損。何十年も続けるのが前提 |
分かりやすさ | とても分かりやすい。「この安心が、この値段」と明確 | 分かりにくい。手数料や運用成績がごちゃ混ぜになっている |
お金の増え方 | 増えない(その分、浮いたお金を自分で貯金や投資に回す) | 増えにくい。高い手数料と慎重すぎる運用が成長のジャマをする |
どんな人向け? | 子育て中など、決まった期間だけ、安く手厚い安心が欲しい人 | どうしても自分で貯金ができないので、効率が悪くても強制的に貯めたい人 |
この比較が、次の章でご紹介する「賢い保険の選び方」の土台になります。
第7章 これが正解!2025年の賢い保険の選び方【実践ガイド】
さあ、いよいよ実践編です。これまでの知識を使って、あなたにピッタリの、無駄のない保険プランを組み立てていきましょう。誰でもできる、3つのステップをご紹介します。
7.1 たった一つの、黄金ルール:「保障」と「貯金」は分けなさい!
このレポートで、私たちが一番お伝えしたい結論は、たった一つです。それは、「万が一への備え(保障)」と「将来のためのお金づくり(貯蓄)」は、きっぱり分けましょう、ということです。
これは、「保険は、お手頃な掛け捨てタイプでシンプルに備える。そして、貯蓄型保険に払うはずだった高い保険料との差額は、NISA(ニーサ)のようなお得な制度を使って、自分で賢く育てる」という考え方です 。
この方法なら、貯蓄型保険の高い手数料や不自由さから、完全に解放されます。これが、今の時代で最も合理的で、賢いやり方です。
7.2 ステップ1:まず、自分に「何が」「いつまで」必要かを知ろう
お店に行く前に、買い物リストを作るのと同じです。保険を探し始める前に、まず自分にとって本当に必要な保障は何かをハッキリさせましょう。
- いくら必要?(必要保障額の計算)
- もし自分に万が一のことがあったら、家族が路頭に迷わないために、いくら必要かを計算します。
- (残された家族の生活費 + 子どもの学費 + 住宅ローンの残り)など、将来かかるお金を合計します。
- そこから、(今ある貯金 + パートナーの収入 + 国からもらえる遺族年金)など、すでにあるお金やもらえるお金を差し引きます。
- この引き算の答えが、あなたが保険で準備すべき本当の金額です。
- いつまで必要?(必要保障期間の決定)
- その大きな保障は、いつまで必要でしょうか? ほとんどの場合、「一番下の子どもが大学を卒業するまで」や「住宅ローンを払い終えるまで」といった、期間限定のはずです。その期間を過ぎれば、必要な保障額はぐっと少なくなります。
この作業で、「〇〇歳まで、〇〇〇〇万円の保障が必要」という、あなたのためのゴールが決まります。
7.3 ステップ2:安くてシンプルな「掛け捨て型」で、土台を固めよう
ゴールが決まったら、いよいよ商品選びです。選ぶべきは、もちろん安くて効率の良い「掛け捨て型」です。
- 生命保険:ステップ1で決めた期間だけ、大きな保障が欲しいなら、「定期保険」がベストな選択です。同じ保障額でも、貯蓄型の終身保険より圧倒的に保険料が安く済みます。2025年8月現在、ネットで申し込めるSBI生命の「クリック定期!Neo」やライフネット生命の「かぞくへの保険」などが、保険料の安さで人気です。
- 医療保険・がん保険:日本の公的な健康保険は優秀ですが、それでもカバーできない治療費(先進医療など)はあります。その部分を補うために、お手頃な掛け捨て型の医療保険やがん保険に入っておくと安心です。2025年時点では、はなさく生命の「はなさく医療」やメディケア生命の「新メディフィットA」などが人気です。
- 働けなくなった時の保険:もし病気やケガで長期間働けなくなったら…? そんな時の収入ダウンに備える「就業不能保険」も、特に自営業の方には心強い味方になります。
7.4 ステップ3:浮いたお金は、自分で育てよう!
ここが、この戦略の一番おいしいところです。もしあなたが貯蓄型保険を検討していたなら、その高い保険料と、ステップ2で選んだ安い掛け捨て保険料の「差額」を計算してみてください。
(もし入ろうとしていた貯蓄型保険の月額保険料) – (実際に選んだ掛け捨て型保険の月額保険料) = 毎月、自由に使えるお金
この浮いたお金を、税金がお得になるNISA口座などを使い、自動で積立投資に回すのです。保険の貯金機能と比べて、NISAにはこんなに素晴らしいメリットがあります。
- もっと増える可能性がある:世界中の会社の株に少しずつ投資するような商品を選べば、長期的には保険よりもずっと大きくお金が増えることが期待できます。
- いつでも自由:必要になれば、いつでもお金を引き出せます。積立額の変更も自由自在です。
- 手数料が安い&分かりやすい:保険のような複雑で高い手数料はかかりません。
7.5 よくあるギモンに、プロがお答えします
- 「でも、掛け捨てって、何もなかったらお金を捨てるみたいで、もったいなくない?」
その気持ち、とてもよく分かります。でも、少し考え方を変えてみましょう。自動車保険に入って、1年間無事故だったら、その保険料を「もったいなかった」と思いますか? きっと、「無事故でよかった。安心を買えた」と思うはずです。保険料は、「自分一人では払えないような大金が必要になった時に、肩代わりしてもらう権利」を買うためのお金です。何も起こらないのは、そのお金で買った「安心」が手に入った証拠なのです。 - 「貯蓄型は、強制的に貯金できるのが魅力なんだけど…」
おっしゃる通り、これは貯蓄型保険の大きなメリットです。でも、その「強制力」は、もっと良い条件で自分で作れます。ネット証券で口座を開き、「毎月〇日に、給料口座から〇円を自動で引き落として積み立てる」という設定を一度してしまえば、あとはほったらかしでOK。貯蓄型保険と同じ「強制貯金」が、はるかに安い手数料と、高いリターンへの期待を込めて実現できます。
この「保障と貯金の分離」は、単なるテクニックではありません。保険会社の「売りたい商品」ではなく、あなたにとって本当に「必要なもの」だけを選び取る、賢い消費者のための戦略なのです。
第8章 まとめ
2008年のライフネット生命による保険料の中身の公開は、画期的な出来事でした。しかし、それが業界全体を巻き込む大きな価格競争にはつながりませんでした。この不思議な現象を分析してきて、その理由が見えてきました。
5.1 変化を阻んだ「完璧な壁」
ライフネット生命の挑戦が大きな波を起こせなかったのは、「保険会社」「消費者」「業界全体」という3つのレベルで、変化を阻む強力な壁が存在したからです。
- 保険会社側の壁:大手保険会社は、たくさんの営業職員を抱えるビジネスモデルを変えられず、値下げ競争ができませんでした。同時に、その営業職員とお客さんとの強い人間関係が、他社の参入を防ぐ「お堀」になっていました。
- 消費者側の壁:私たちは、「損したくない」というお金の壁、「手続きが面倒」という手間の壁、そして「今のままでいい」という気持ちの壁によって、今の保険に縛られていました。
- 業界全体の壁:昔からの「値下げ競争を避ける」という文化と、国が「値段の中身」の公開を義務付けていないルールが、業界が変わらないための土台となっていました。
これら3つの壁ががっちりと組み合わさることで、ライフネット生命が投じた「透明性」という一石は、その力を大きく失ってしまったのです。
5.2 これから業界は変わるのか?
では、この状況は永遠に続くのでしょうか。少しずつ変化の兆しは見えています。特に、生まれたときからインターネットが当たり前だった若い世代は、これまでの世代とは違う考え方を持っています。彼らは、有名なブランドだからという理由ではなく、自分でネットの情報を調べて、コストパフォーマンスが良いものを選ぶ傾向があります。
人々が保険についてもっと詳しくなり、ネットで簡単に保険を比較できるツールがもっと普及すれば、この流れは加速するでしょう。昔は営業職員しか持っていなかった専門知識が、テクノロジーによって誰でも手に入れられるようになりつつあります。市場の力関係は、ゆっくりと、しかし確実に変わり始めているのかもしれません。
例えば、昔ながらの保険会社が築いてきた「人による信頼」と同じくらい、あるいはそれ以上に、「テクノロジーによる信頼と便利さ」を築くこと。消費者が感じる最大の壁である「乗り換え手続きが面倒くさい」をテクノロジーで乗り越えることこそが、日本の保険市場に本当の変化をもたらす鍵になるでしょう。
コメント